魔法少女のお話。
黒板の真上に掲げられた時計の針を目で追いつつ、星南はふわりと欠伸をする。今はお昼休みを挟んだ五時限目、教科は古文、教師は定年間近の男性教師。柔らかな声で綴られる古き良き日本の歌たちは、現代の女子中学生を夢の世界へと誘ってくれる。もう少し、もう少しで、と無くなりそうな意識が、軽い衝撃で戻る。どうやら、机についていた左腕で支えた頭が落ちたらしい。それと同時に後ろの席でくすりと笑い声が聞こえた。ジト目で振り返ると、石園が楽しそうに肩を震わせていた。
「……ちょっと。」
「だって、だってさぁ……。」
「うるさいな。」
いい気持ちだったのに、とむくれた星南は若干進んだであろう黒板の写しをとる。春眠なんとかがなんとか、というワードがぼんやりと頭を過るがよく分からない。何かを覚えたり覚えなかったりするんだったか、などと思考を巡らせてみるもののピンとこない。あとで石園に聞いてみようかと思ったけれども、きっと彼女も分からないだろう。こういう時の頼みの綱はもう一人、放課後にカフェで待ち合わせをしている彼女くらいと星南は断定する。春眠、とノートの端にシャーペンを走らせてから、再び夢の世界のドアを開けたり閉めたりの攻防が始まった。
「今日の星南は一段と戦ってたねぇ。」
「もう、ほんと後ろが石園なの、やだ。」
「しょうがないでしょ、公平なくじなんだから。」
「それでも嫌なものは嫌。」
「理科の時当てられて助けてあげてるのに?」
「数学の時当てられて助けてあげてるのに?」
「……まぁ、これはお互い様か。」
「それに、石園が得意なのは化学だけじゃん。」
「星南だって図形苦手じゃん。」
古文の授業を終え、その後の時程をこなした二人は帰路……ではなく、約束をしている場所へと向かっていた。通っている中学からは遠く、この辺りで同じ制服は見かけないが、念のためにと隠し持っていた薄手のコートを羽織っている。待ち合わせの無人駅に着くと、見慣れた制服姿がICカードに出場記録をつけていた。すると二人に気付いたのか、その少女、時雨は柔らかく笑う。
「二人とも、今日は早いのね。」
「おつかれー、時雨。」
「時雨は良いよね、電車通学、寄り道も咎められなくてさ。」
「もう石園ってば、またそれ?しょうがないでしょ、公立中学は寄り道とかそういうの厳しいんだし。」
肩を竦めて困ったように笑顔を浮かべながら石園をたしなめる時雨も加わり、三人で歩き慣れた道をゆく。寂れた無人駅でも、多少歩けば人も車も行き交う道に出る。もう一つ大通りを越えたところが彼女たちの約束の場所だ。
木製のロッジ、組まれた木は少し色が剥げてきているがそれでも本来の強さを忘れてはいない。革靴で階段を踏めば、少し不満げに鳴く声が、三人は好きだった。
「こーんにちはー。」
「たのもー!」
「お邪魔します。」
上部にステンドグラスがはめ込まれた木のドアを開いて声を掛けても、中には誰もいない。しかし綺麗に整頓されたそこは、どうやらカフェのようである。
(中略)
『二人とも、気を付けて、なんだか反応が妙なの。』
「フォルテ、どういうこと?」
『分からない、映像の解析が進まないの。』
歯切れの悪いフォルテの言葉に、私もセーフィロも敵生体から半歩距離を取るように後ずさる。現場の指示は得意ではないと言い、それでも自由に動く私たちをしっかりとフォローしてくれるフォルテが、言い淀むのはなんとも言えない不安を感じる。
「分かった、とりあえず下手に刺激するなってことね。」
「でも、このままだと街に行っちゃうんじゃ。」
『うん、だからトラヴィアータは待機、セーフィロは無理のない程度に、距離をとって風を当ててみて欲しいの。』
「さっきの戦いで割とパワー使っちゃってて、キツいんだけど、援護は頼めそう?」
『えぇ、任せて。』
ヘッドセット越しだけれど、少しだけ自信を取り戻したであろうフォルテの声が弾む。
『かの者に力を、フォルテッシモ!』
宰務 星南(つかさ せなみ)
【トラヴィアータ】
植物の魔法を得意とする魔法少女。主に椿の特性を魔法に生かしていて、強く摩耗しない木材は物理攻撃に、実を絞って作った油は炎魔術攻撃に、葉に蓄えられたエキスは止血剤となり回復魔法に変換される。
焙炉 石園(ほいろ いその)
【セーフィロ】
風の魔法を得意とする魔法少女。他の属性に比べてこれと言った強みがないが、攻撃、防御、支援のどの魔法もそつなくこなす。回復魔法は得意ではないが、仲間から教えてもらいながら現在では鋭意練習中。
作倉 時雨(さくら しぐれ)
【フォルテ】
武器の魔法を得意とする魔法少女。完全に支援特化型の魔法を使う。他の魔法少女たちの武器のメンテナンスなども請け負っていて、前線に出ることはほぼない。たとえ前線に出たとしても戦う術を持たない。
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