競争のレヴュー。

舞台少女化。


とうとうこの日が来てしまった、と天音は唇を噛む。軽快な音をたてるスマートフォンの画面に映し出された名前は、最も彼女が苦手とする相手であった。同じ日本の古典芸能に携わり、照明の当たらない影から舞台を見ていた。いつかあそこに立ちたいと同じように思い、互いに別のものを手に取った。

「まめ……ううん、天音。」

普段は驚くほど引っ込み思案で、勇気も度量も何も無い。ただ天音が持たないものを持っている。長い時を使って培われた音に対する反応としなやかさ、優美さ。鉄扇をぱちん、と閉じる音で彼女の……時浜優雨の目が変わる。時間という武器が、久芳天音を攻め立てる。そして、凛とした声が響いた。

「時を告げる鳥が鳴く。」

胸の前に伸ばされた両の腕が、零時を指す時計のようにぴたりと重なる。そして、刻一刻と時を刻む右腕は、常に何かを急かしているようで、そうとは思わせない。残された左腕は鉄扇を握り、まっすぐただ相手を衝くように伸ばされていた。

「絶望が、後悔が、優しさが。」

半分まで右腕が進んだところでくるりと回転したその体が紅の外套を纏う。もう二度と離さない、そう言わんばかりに時を刻んだ右手がそっと留め具に触れられる。さまざまな思いが込められた言葉に、返す言葉は見当たらない。

「痛みになって降り注ぐ。」

真っ直ぐに伸ばされていた左腕が跳ね、鉄扇が開く。それは天を衝くかのように伸ばされ、再び鉄扇が閉じられる。一瞬のことにように見えて、それは永遠にも感じられる。閉じられた鉄扇はゆるりと左手から滑り落ち、留め具から離れた右手がしっかりと受け止める。さらに開いた扇に書かれた言葉で、彼女はしっかりと口元を隠すが、ゆるりと上がる口角が見えた。

「99期生時浜優雨。」

名乗りは淑やかに、しかし正確に。舞台で何度も見た、そう舞台少女になってからも。大きな音で言わずとも、きっと届くはず。

「きっと痛みだって愛になるもの。だから……絶対に、貴女には、負けられない。」

しっかりと天音を見据えた優雨に、天音自身、少したじろぐ。彼女の本気を知らない訳ではない、が、ここまでとは聞いていない。小さく悪態をついて、腰にある打刀を撫ぜる。

「その自信……どっから来るんだか。今に見てなさい、必ず……へし折る。」

だがしかし。天音とて何も指を咥えて優雨を見ていたわけではない。その身に余るほどの決断をして、努力をしてきたはずである。時間が優雨の味方なのであれば、天音に与するのはおそらく。

「響くは天の音。」

高らかに、清らかに、地下劇場に今まででもっとも美しい音が鳴る。真っ直ぐに立ったその体から一本、もう一つ高いところに腕が伸ばされる。その腕は先程優雨が掲げたよりも一つ高いところにある。

「芳しく咲いた夢の色。」

降ろされたその手が掴んだのは確かな自信。もう負けない、夢という言葉で終わらせない。抜かれた刃に負けないほどの強い視線が相手を差す。その光の軌跡は末広がりの山を描く。

「全部私が届けてあげる。」

かつて彼女がそうであったように、ひとつ、ひとり、ひとつ、ひとり、確と届ける。甘さも、優しさも、苦さも、辛さも。そして、今の彼女を形作る全てを乗せて、過去から未来へ、紡がれた題名を告げる。

「99期生久芳天音。」

大丈夫、きっと私にもできる、毅然と上げた顔を彩る覚悟の証。天を味方につけた女神の如く、強さと共に赤の外套を纏う。

「恒久の夢を貴方に。同じ夢を見た同士、私たちは負けない、そう決めたからね。」

決意に満ちた表情と自信に彩られた表情がぶつかり合う。

【競争のレヴュー】

「行くよ、優雨!」
「っ、……私は、負けない!」

リノリウムの床を蹴ったはずみに、高くブーツが鳴く。最初に動いたのは天音だった。煌めいた青い閃光、しかし一歩ずつ優雨はステップを踏みながらその光を避ける。そして天音が刀を凪いだ瞬間、甘くなった左の脇を目掛けて、優雨が体を滑り込ませた。それも想定済みなのか、凪いだ刀の持ち手を変え、まるで鞘に納めるかのような動きで優雨の背中、外套を止める金色の糸を切るように、突く。優雨は滑り込みながら、天音の足を取るように体を回転させ、鉄扇を開く。

「ちっ……!」

それに気付いた天音は、刀を投げ出し、鉄扇から左足を逃すように蹴り上げ、その反動をも利用して、右足を踏み込み、くるりと空中で一回転する。落ち行く刀を手に取り、しゃがみ込んで小さく舌打ちをした優雨を睨む。舞台少女の願った動きを舞台装置が実現する。かつてないほど体の動かし方が大きくなるその感覚に、天音は軽い酩酊感すら覚える。

「次は、外さない!」

またも距離を詰める天音に、今度は優雨の鉄扇が開かれる。そして留め具を狙った突きから守るように開かれたそれを、確かに天音は貫いた。しかし。

「こっちだよ。」

ただ浮かぶだけの鉄扇に、天音が気を取られているうちに、優雨は背後へと回り込み、その背を風で打つ。鉄扇とはいえ、優雨が持てるほどの大きさのもの。巨大な風は起きないはずだが、天音の体は簡単に飛ばされた。なんとか刀で床を突き、ずりずりと体を床に伏せられた状態で風が止むのを待つ。深く突き刺さった刀が無ければ、舞台から振り落とされるほどの強さを持った風に、天音は笑みを浮かべる。

「なぁんだ、そんな大仰な攻撃、できるんじゃない。」
「……なんで、笑っているの?」
「貴女はここに入ってからずっと、何かに怯えているように、見えていた。」

初めて会った時から、初めまして、というのは少し躊躇われた。似たような境遇、似たようなきっかけ、そして同じ音に乗せて舞った経験。雅楽を好んで聞くような女子高校生なんて見たことない、お互いにそう笑ったあの日々は、互いに大事な思い出のはずだ。

「今でも、怖いよ……こんな、オーディションなんて、でも、私だって、舞台に夢を見た。」
「知ってる、だから貴女がこのオーディションで勝つことがあるとしたら、その負けた相手はきっと私だと思っていたの。」
「え……天音……?」
「貴女の強さに負けて何もできずに散る私じゃない、貴女の弱さに負けて舞台を降りる私。」
「そ、れは……!」
「でももう、大丈夫そうじゃない。」
「……うん、今なら、そう言える。」

優しい音だった。激しい暴風雨ではない、終わり間近に太陽が降らせる祝福の雨。いつのまにか風は止み、明るい色を魅せる照明と、降りしきる雨。掛かった橋を見上げて二人は笑った。尺八、箏、和太鼓の音が刻む時を早めて、天高く響く。

「天音、負けないよ。」
「こっちだって、優雨。」


【協奏のレヴュー】


名前
久芳 天音(くば あまね)
学校
聖翔音楽学園99期生
武器
打刀
口上
響くは天(そら)の音
芳しく咲いた夢の色
全部私が届けてあげる
99期生 久芳 天音
恒久の夢を貴方に
詳細
様々な舞台の所謂"差入れ用菓子"として有名な老舗和菓子屋の娘。日本の古典芸能と縁があり、それが舞台少女となったきっかけでもある。最初は見よう見まねで木刀を振って踊っていて、現在でも剣詩舞の世界ではそこそこ実績を残している。
最初の自己紹介で「久芳天音」の名前を言った際に「くばあ まめ」と聞こえたため、体躯の小ささからも"まめ"と呼ばれている。弁明をするとしたら、一応彼女は舞の世界出身であったため滑舌に自信がなかった、といったところだろうか。
IC@JarvisTs71 

名前
時浜 優雨(ときはま ゆう)
学校
聖翔音楽学園99期生
武器
鉄扇
口上
時を告げる鳥が鳴く
絶望が、後悔が、優しさが
痛みになって降り注ぐ
99期生 時浜優雨
きっと痛みだって愛になるもの
詳細
和楽器を取り扱う老舗商店の娘。取り扱う、と言っても最近は修理ばかりだとか。幼少期は自身で楽器の演奏もしていたが、そのうち舞台で舞う方に憧れを抱くようになり、それが舞台少女となったきっかけ。
何をやってもそつなくこなすため同期からも羨望の眼差しの対象であるのに対し、自尊感情が極めて低く引っ込み思案。が、一度舞台に立つと人が変わったかのように激しい演技をする。苗字と名前から"はまゆう"と呼ばれることが多い。強い人、強い言葉など、強いものが苦手。つまり、自分が一番苦手。
IC@tockey17



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無理は通さず道理は通す。

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