舞台少女化〜日常編〜
朝。日が昇る前。聖翔音楽学園の寮、陽光館はにわかに騒がしくなっていた。
「助けて!由愛が全く起きない!」
部屋の扉を開け、まず叫んだのは涼風甘那だ。その音に、向かいの部屋の久芳天音、時浜優雨が顔を覗かせる。
「由愛が起きないって……それもう今に始まったことじゃないじゃん。」
「それに、私たちじゃとても起こせるとは……あ、三絵ちゃんは……。」
やれやれと溜息をつく天音に対して、控えめに首を振る優雨だったが、一人、その寝坊助を起こすのに必要なファクターとなりうる人物を思い当てる。が、しかし。
「三絵なら、30分前に輝と大喧嘩しながら出て行ったよ。」
無残にもそんな言葉を落としたのは、ランニングを終えてシャワーまで浴び終わり、部屋に戻ってきたであろう安雲維月だった。
「少年じゃん、おはよー。」
「維月ちゃん、おはよう。」
「維月!いや、もうこの際、維月でもいいや!てか、見てないでまめと優雨も手伝ってよ!」
「あぁん?」
「ごめんなさい天音様も手伝ってくださいお願いします。」
甘那の言葉に負けた三人が部屋に入ると、爆睡も爆睡、この騒音にも全く動じずスヤスヤと夢の中にいる歳桃由愛がいた。
「ゆーめー!おきてー!」
「由愛、そろそろ甘那が泣きそうだから起きてやれー。」
「ゆ、由愛ちゃん、あの、朝だよ……!」
「由愛ー、もう部屋の相方は三絵じゃないんだからね、そろそろ起きてー。」
「ん、ぅ……ふふ……みえちゃ、……ん……?」
「だめだこりゃ。」
「だめだな。」
「そ、そんなぁ……。」
「んー……甘那。」
「ん?」
「三絵の声、真似できない?」
「……は?」
維月の言葉に固まる甘那、そしてなるほどと納得した様子を見せた天音と優雨はそのまま部屋を後にしようとする。
「いや、あんたそういうの得意でしょ。」
「……嘘でしょ、朝だよ?」
「朝だからでしょ。朝の舞台は出ないの?」
「ぐ、ぐぬぬ……。」
「ほら、早く。」
「いや、だってさぁ……。」
「オーディエンスもいることだし。」
「は?」
維月の言葉に振り返った甘那の視線の先でさっと何か影が動く。ちらりと見えたのは、質の良い長く靡く髪だった。その美しい髪の持ち主を一人しか知らない、特にこの陽光館の中では。
「優雨ー!」
「ごごごごめんなさい!」
「ほら、いいから、やるの?やらないの?」
急かす維月と隠れることをやめた天音と優雨に負けて、甘那はゆっくりと息を吸い込む。
「あーん、ゆうちゃーん、起きてー、三絵と遊んでよー、ねーえー。」
「三絵ちゃん!」
「ほらね。」
「さすが。」
「す、すごい……。」
「……やだなぁ。」
数分後。起こしたのが三絵ではないと気が付いた由愛が、ショックのあまり再び寝に入りそうなところをなんとか担ぎ出す。そして朝ご飯を適当に済ませた五人が、聖翔音楽学園のレッスン室に到着したのは始業の5分前であった。
「あれ、遅かったね。」
「もしかしてやっぱり私戻った方がよかった?」
「三絵ちゃーん!!!やっぱり甘那ちゃんと部屋交換しよー!!!」
「被害者私だよね!?」
「ゆうちゃん、私も部屋変えて欲しいー!このくそ吹雪野郎嫌いー!」
「うっさい、出流!こっちから願い下げだわ!」
一通りストレッチを終えたであろう、今日の日直であった雪吹輝と出流三絵はいつもより遅く現れた五人に目を向ける。すると、標的を見つけた殺人鬼のようなスピードで殺人級のタックルを由愛が決め込む。当の三絵はと言うと、そのタックルを上手く受け止めすりすりとその体を撫で回していた。
「甘那も、おつかれ。」
「三絵ちゃん……。」
「私の真似した?」
「三絵ちゃん!」
「真似しやすい声でよかったなぁ、三絵。」
「ぶっ殺すぞ、輝。」
「おぉ、こわっ。」
そうして続々と生徒たちが集まる。それぞれが自身の出席番号を宣言するのを聞きながら、お互いに居住まいを正す。
「聖翔音楽学園99期生三席、安雲維月、入ります。」
「聖翔音楽学園99期生出席番号3番、出流三絵、入ります。」
「聖翔音楽学園99期生出席番号4番、雪吹輝、入ります。」
「聖翔音楽学園99期生出席番号9番、久芳天音、入ります。」
「聖翔音楽学園99期生出席番号12番、歳桃由愛、入ります。」
「聖翔音楽学園99期生出席番号14番、涼風甘那、入ります。」
「聖翔音楽学園99期生出席番号19番、時浜優雨、入ります。」
そして今日も舞台少女の一日が始まる。
安雲 維月(あくも いつき)
天道、西篠の次点。優秀な家なき子。新体操出身。
出流 三絵(いづる みえ)
ファッション百合。クラシックバレエ出身。
雪吹 輝(いぶき あきら)
北の国から。クラシックバレエ出身。
久芳 天音(くば あまね)
くばあ。まめ。剣詩舞出身
歳桃 由愛(さいとう ゆめ)
ファッション百合。モダンダンス出身。
涼風 甘那(すずかぜ あまな)
末っ子苦労人。ミュージカル出身。
時浜 優雨(ときはま ゆう)
能ある鷹は爪を隠す。オールマイティ。
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